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「蘭世さん、楽にしてね。」
「そうよ、いつも俊が迷惑ばかりかけているわね。」
「そんなことないです・・」
豪奢なそれでいて趣味のよいフィラの部屋で女三人がティータイムを過ごしていた。その中で蘭世だけがどことなく落ち着かない。
「魔界での披露はごく簡単にするつもりですから安心してくださいね。」
ターナがやさしく言う。
「俊は・・確かに私の息子ではありますが、今後もあちらで暮らすつもりのようですし。こちらでは・・最小限でよいのですよ。」
「でもね、蘭世さん。衣装だけは素敵なものなのよ。ほら・・」
フィラが手を叩くと、侍女が大きな箱を持って入ってくる。
「サイズは・・・よいはずですよ。貴女のお母様からお聞きしていますから。」
「さ、あわせてみてくださいな。」
流されるがまま蘭世はフィッティングさせられる。
「まぁ・・・」
「素敵・・・・・・」
流れる黒髪によくあわせた、魔界シルクで出来た少し生成りがかったウェディングドレス。
華奢なレースが全面にあわせてあり、細い蘭世の身体をよりいっそう際立たせていながら、その凛とした美しさを壊さない。
蘭世にしか着こなすことが出来ない蘭世の為のドレスのような出来上がりであった。
「わ・・たし・・?・・」
・・これが・・・私・・?・・
鏡の中に今まで見たことがない自分がいた。
「やはり、吸血族の血を引いているだけあって美しいですね。」
「え・・・?」
「知らないのですか?吸血族は美男美女が多いのですよ。それに、貴女のお父様は確か村長の血縁者でしょう?その中でも特に際立っているのです。」
フィラは眩しそうに蘭世を見つめた。
ターナもうれしそうだった。
「じゃ・・・ドレスは大丈夫みたいね・・あとは・・俊ね・・」
「で・・・でも、真壁くんこういうのって・・」
「そうね。嫌いね。でも今回は否が出来ないのよ。だから・・何とかするんじゃないかしら?」
いたずらっぽくターナは蘭世に笑いかけた。
困ったような蘭世の表情、ターナとフィラは安心させるようにうなずく。
「貴女のためだもの。大丈夫よ。」
蘭世はぎこちなく笑った。
・・・・どうしろって言うんだ・・・・
俊は魔界から帰ってきてこっち、一人になっては頭を悩ませていた。
そうこうしながらも魔界での挙式は刻一刻と近づいてきている。
”準備は整っているので、2ヵ月後に執り行うから”
アロンからはそういう連絡が来ていた。
’相手に捧げる証’
その漠然として抽象的なそれは、俊にとってもっとも不得意な分野。
蘭世はといえば、そのことに関してはまるで腫れ物を触るかのように聞いては来ない。
・・・・・ったく・・・・
誰にともなく、俊は一人ごちた。
その鬱憤を晴らすかのようにジムでの練習は鬼気迫るものがあったのだが。
蘭世は蘭世で忙しく、準備に追われていた。
それでもふとしたときに、思い出す。
「蘭世。」
「あ、お母さん。なに?」
「・・・魔界のほうの準備は整ったそうよ。後は貴方たちが当日来ればいいって。」
「そう・・」
「どうしたの?」
「ううん、何でもないわ。ね、お母さんたちも来るんでしょう?」
「ええ、そのように連絡はきているから。そうよねぇ・・真壁くんはあの王様の息子なんだものねぇ・・」
しみじみと椎羅はうなずく。
「うん・・」
「魔界のほう真壁くんに任せているんでしょう?さ、私たちはこっちでの準備をしなくてはね。大変よねぇ・・お父さんに教会でしょう?」
「大丈夫・・・なの?」
「まぁ・・何とかね・・・貴女もよ?」
「あ・・私は・・・うん・・毎週今は行っているし・・・」
女同士の会話、そんなたわいないことが貴重で大事な時間。
結婚式前の親子のかかわり。
そこに父親が邪魔できないなにか。
砂がこぼれるように時は過ぎ去っていく・・・・。
そして、魔界での式典が近づいたある日のことであった・・・。
「おい?」
「ん、なぁに?」
準備の隙間にぽかっと空いた時間が2人にあった。
「ちょっと、付き合ってくれよ。」
俊が蘭世を珍しく誘う。
「どこに?」
「ああ・・まぁ・・な・・・」
どことなく歯切れの悪い俊を訝しがりながらも、素直に蘭世はついていく。
江藤家の地下から魔界へと。
そして・・・向かった先。
「ここ・・・・」
「ああ・・・」
2人がついた花園。
いつか、の恋人たちの逢瀬の場所。-恋人の森-
湖のほとり。
今もそのときと同じ様に2人を祝福するかのごとく満開に咲き乱れ、花びらが宙を舞っていた。
「きれいねぇ・・・」
うっとりとその景色を見つめる蘭世の後ろで俊はこっそりとなにやらごそごそしている。
「ね、真壁くん?」
くるりと髪をなびかせながら蘭世が振り向いた。
その蘭世をまっすぐに見つめる俊の視線。
「・・?・・」
「一度しか・・言わねぇ・・・・」
小さなそれでもはっきりとした声で俊は言葉を発した。 |